「せっかく買った本なのだから、最後まで読まなければいけない」
そんなふうに思い込んでいませんか。
あるいは、
「読むのが遅い」
「途中で飽きてしまう」
といった理由で、読書に苦手意識を持っている人もいるかもしれません。
しかし実は、本は全部読まなくてもいいのです。
読書をもっと自由に、もっと楽しくするために、この考え方はとても重要です。
「速く読むこと」はそれほど大事ではない
かつて私は、「本を読むのが遅い」ことに強いコンプレックスを持っていました。
大学時代には、速読教室に通ったこともあります。
決して安くない費用を払って、「速く読める技術」を身につけようとしたのです。
しかし結論から言えば、ほとんど意味はありませんでした。
なぜなら、その経験を通して気づいたからです。
本を速く読むこと自体には、それほど大きな価値はない。
もし本の内容を一字一句漏らさず記録することが目的なら、それは人間の仕事ではありません。
現代には、文字を瞬時にデータ化する技術があります。
OCRのような技術を使えば、本の内容は数秒で取り込めます。
つまり、
情報を記録する能力では、機械に人間は絶対に勝てません。
では、人間が本を読む意味はどこにあるのでしょうか。
読書の価値は「想像力」にある
人間が本を読む価値は、情報の記録ではありません。
それは、
言葉をきっかけに、自分の頭の中で世界を広げること
にあります。
たとえば、数ページしか読まなかったとしても、
そこに心を揺さぶる一文があったとします。
その言葉がきっかけになって、
自分の経験を思い出したり
新しい視点に気づいたり
人生について考えたりする
そうした時間が生まれます。
それだけで、その読書は十分に意味があります。
本の価値は、読んだページ数では測れません。
ビジネス書だけでは世界が狭くなる
仕事をしていると、どうしてもビジネス書ばかり読むようになります。
もちろん、それも役に立つ読書です。
しかし、それだけでは世界の見方がどんどん狭くなっていきます。
ビジネス書は、多くの場合
効率
成功
成果
といった価値観を中心に書かれています。
しかし人生は、それだけではありません。
そこで大切になるのが、文学です。
文学には、一見すると役に立たない話がたくさん出てきます。
冗談やナンセンス、意味のない出来事、
人間の弱さや滑稽さ。
こうしたものに触れることで、人は少しずつ心の余裕を持てるようになります。
すべてを真面目に受け止めすぎると、人は疲れてしまいます。
しかし、文学は人生を少し斜めから見る視点を与えてくれます。
その視点があると、失敗や挫折にも柔らかく向き合えるようになります。
読書はもっとわがままでいい
忙しい現代人にとって、分厚い本を最後まで読み切るのは簡単ではありません。
そして正直に言えば、世の中には読書より楽しいことがたくさんあります。
本を読まなくても、人は生きていけます。
それでも本を手に取る理由があるとすれば、それは
楽しさです。
だから読書は、もっとわがままでいいのです。
全部読まなくていい
途中でやめてもいい
面白い部分だけ読めばいい
そして、もし心に残る一文に出会えたなら、
それだけでその読書は大成功です。
一文との出会いが人生を変える
本を読むという行為は、知識を増やす作業ではありません。
それはむしろ、
まだ知らない言葉に出会う旅
のようなものです。
何百ページの中に、たった一行、
人生を変える言葉が潜んでいることがあります。
その一行に出会えたなら、それだけで本を読んだ価値があります。
だからこそ、本は全部読まなくてもいいのです。
むしろ大切なのは、
自分に響く言葉を見つけること
なのかもしれません。