日本のアニメや漫画は、世界的に高く評価されています。
独特のキャラクター。
複雑な世界観。
過剰な感情表現。
奇妙な設定。
現実ではあり得ないような物語。
そうした作品が、次々と生まれてきました。
しかし一方で、日本社会そのものを見ると、
決して自由で開放的な社会とは言いにくい面があります。
同調圧力が強い。
空気を読むことが求められる。
目立つことが嫌われる。
街並みも働き方も、どこか均質になりやすい。
では、なぜそのような社会から、
あれほど個性的な作品が生まれるのでしょうか。
私はそこに、
抑圧されたエネルギーの反動
があると思っています。
日本社会は個性を出しにくい
日本社会では、
人と違うこと
が必ずしも歓迎されません。
もちろん表向きには、
個性が大事だ
多様性が大事だ
と言われます。
しかし実際の学校や会社では、
無難であること
空気を読むこと
周囲に合わせること
が強く求められます。
あまりにも自分を出しすぎると、
面倒な人
浮いている人
扱いにくい人
として見られることがあります。
つまり日常生活の中では、
個性をそのまま出すことにリスクがある
のです。
抑え込まれたものは消えない
しかし、個性や違和感は、
抑え込んだからといって消えるわけではありません。
むしろ内側に溜まります。
言えなかったこと。
出せなかった感情。
馴染めなかった違和感。
退屈な日常への反発。
そうしたものは、人間の中に残ります。
そして、それがある時、
作品という形で噴き出す。
現実では言えないことを、
漫画のキャラクターに言わせる。
現実では生きられない人生を、
物語の中で生きさせる。
現実では許されない感情を、
アニメの中で爆発させる。
この反動が、日本の作品の強さにつながっているのではないかと思います。
退屈な社会ほど、作品の中で暴れる
面白い作品には、
現実への不満や違和感が含まれていることが多いです。
社会が退屈であればあるほど、
作品の中では極端な世界が求められます。
現実が均質であればあるほど、
キャラクターは濃くなる。
現実が息苦しければ息苦しいほど、
物語の中では自由が求められる。
現実で感情を抑えている人ほど、
作品の中では過剰な感情に惹かれる。
つまり、
つまらない日常と、
過剰な創作世界は、
実はつながっているのです。
表現のエネルギーが特定領域に集中する
日本では、社会のあらゆる場所で個性が発揮されるわけではありません。
職場で個性を出すと浮く。
学校で個性を出すと面倒になる。
地域社会で個性を出すと噂される。
そうなると、人は個性を出す場所を探します。
その受け皿になったのが、
漫画。
アニメ。
ゲーム。
同人誌。
小説。
音楽。
そうした創作領域だったのだと思います。
現実世界では出せないものが、
作品世界に集中する。
だから特定の表現分野だけが異様に濃くなる。
これが日本の創作文化の一つの特徴ではないでしょうか。
社会が創造性を育てたわけではない
ここで誤解してはいけないのは、
日本社会が創造性を大切に育てた
という話ではないということです。
むしろ逆です。
日本社会は、多くの場合、
創造性を扱いにくいものとして見てきました。
会社では無難さが求められる。
学校では正解が求められる。
社会では空気を読むことが求められる。
その中で、
どうしても収まりきらない人が出てくる。
その人たちが、
表現へ向かう。
つまり日本社会は、
創造性を育てたというより、
創造的な人を追い詰め、
選別してきた
とも言えるのです。
「馴染めなさ」が作品になる
面白い作品を作る人は、
どこかで社会に対する馴染めなさを抱えていることがあります。
なぜみんな同じように振る舞うのか。
なぜ本音を言えないのか。
なぜ退屈な規則に従わなければならないのか。
なぜこの世界はこんなに窮屈なのか。
そうした違和感があるから、
別の世界を作ろうとする。
作品とは、
現実に完全には適応できなかった人が作る、
もう一つの現実
なのかもしれません。
効率化は創造性を弱める可能性がある
現代は、あらゆるものが効率化されています。
正解がすぐ分かる。
作り方が体系化される。
成功パターンが共有される。
初心者でも最短距離で学べる。
これは良いことです。
しかし同時に、
無駄な試行錯誤
迷い
逸脱
遠回り
が減っていきます。
創造性は、必ずしも効率から生まれるわけではありません。
むしろ、
なぜか分からない違和感。
うまく言えない不満。
世の中とのズレ。
そうしたものから生まれることが多い。
最初から正解が用意されすぎた世界では、
強い違和感が育ちにくいのかもしれません。
創造性とは、環境への反応である
創造性は、
何もないところから突然生まれるものではありません。
それは多くの場合、
環境への反応です。
退屈な社会への反応。
抑圧への反応。
均質さへの反応。
正解を求める社会への反応。
つまり創造性とは、
環境をそのまま受け入れる力ではなく、
環境に対して違和感を持つ力
なのです。
面白い作品は、社会の裏側から生まれる
日本の面白い作品は、
均質な社会のおかげで生まれた
というより、
均質な社会に耐えられなかった人たちが、
別の場所で爆発させたもの
なのだと思います。
だからこそ、そこには熱があります。
過剰さがあります。
歪みがあります。
現実への怒りや不満や憧れがあります。
そしてその歪みこそが、
作品を面白くしているのです。
創造性とは、きれいに整った環境からだけ生まれるものではありません。
むしろ、
整いすぎた社会の中で、
どうしても整わなかったもの
そこから生まれることがあるのだと思います。