ポジティブであることに疲れないか?〜現代社会におけるポジティブの呪縛〜

2024年12月29日日曜日

日系企業の文化

t f B! P L

会社員時代のポジティブな人々

会社員時代を振り返ると、職場には非常に多くのポジティブな人がいた。彼らは明るく積極的で、常に騒がしく、難しいことを考えないような人々だった。まるで人生に悩みがないかのように見えた。このようなポジティブな人々は、会社で長く続く傾向があった。

一方で、ネガティブな人は少なかった。特に営業職では、ポジティブな人が多く、ネガティブな人は少ない傾向があった。ネガティブな人は、自分のネガティブさを隠さず、むしろそれを表に出す人が多く、最終的には独立していく人が多かった。会社にはポジティブな人が残り、最終的にポジティブな人ばかりになっていくように感じられる。

ポジティブとネガティブのバランス

しかし、これはポジティブが良いとか、ネガティブが悪いとかいう単純な話ではない。何事もバランスが大切であり、ポジティブがあればネガティブもある。陰陽の思想のように、正反対のものが互いに依存し合って万物を形成している。陽気な人がいれば陰気な人もいる。もし世の中が陽気な人ばかりになったら、それは偏りすぎている。逆に陰気な人ばかりになっても、陰鬱としてしまう。

サラリーマン社会でのネガティブの難しさ

サラリーマンとして生きる上で、ネガティブであることを周囲に言い出すのは難しい。しかし、フリーランスになったことで、ネガティブでもいいのではないかということを発信できるようになった。ドストエフスキーの小説「地下室の手記」の主人公のように、ネガティブであることを受け入れることもできる。この小説では、「ネガティブ」が「ネガチブ」と訳されており、それが頭から離れないほど印象的だった。

SNSにおけるポジティブの氾濫

現代社会では、特にSNSでポジティブな情報が溢れている。完璧な人生を送る人々や、筋肉ムキムキの男性、魅力的な女性、可愛い動物たちの写真や動画で溢れかえっている。しかし、それは現実逃避に繋がっているのではないか。挫折や失敗といった人生の理不尽さから目を背けているように感じられる。

ネガティブであることの肯定

セミナーに行ったことや勉強したことをSNSで発信する人も多いが、これは一種のポジティブ病ではないか。もし本当にネガティブであるならば、それを隠さず、誇りを持つべきだ。現代社会では、ポジティブな価値観が優先されすぎている。ポジティブだけでなく、ネガティブな人もいて良い。毎日愚痴を言いながら生活しても良い。世の中はバランスが大切であり、陰と陽が共存する世界が望ましい。

まとめ

現代社会では、ポジティブであることが重視されがちですが、その一方でネガティブな感情も大切です。バランスの取れた社会、つまり、ポジティブな人もネガティブな人も、それぞれが自分らしく生きられる社会を目指すべきではないでしょうか。


Preplyでビジネス日本語を教えています。日系企業で働いてみたい方、日本語の更なるスキルアップを目指す方など大歓迎です。お気軽にお問い合わせ下さい。

このブログを検索

ブログ アーカイブ

連絡フォーム

名前

メール *

メッセージ *

ポッドキャスト ビジネス日本語講座

QooQ