今日は、人が自慢をする心理について、私自身の営業マン時代の経験をもとに書いてみたいと思います。
テーマは、自慢する人はなぜ扱いやすいのか、そしてその背後にある承認欲求と、実際に効果のあった「褒め方」の技術です。
私はサラリーマン時代、個人営業と法人営業の両方を経験しました。
とくにタイでは、製造業向けの営業として、日系工場を20社ほど担当するルートセールスをしていました。
定期的に訪問し、雑談から入り、少しずつ信頼関係を築きながら商談につなげていく。
典型的な営業スタイルです。
雑談がすべての入口になる
営業の現場では、いきなり商品や条件の話をしても、まず信用されません。
最初に必要なのは、情報ではなく人間関係です。
だから最初の時間は、ほとんどが雑談になります。
仕事の話よりも、世間話、近況、どうでもいい話。
そこで空気が緩まなければ、その先に進めません。
さまざまなお客様と接する中で、
私が一番「やりやすい」と感じたのは、
自慢話をしてくれるお客様でした。
自慢話は「心を開いているサイン」
タイの駐在員の方々は、とにかく話題が豊富です。
年収の話。
仕事での武勇伝。
家族の話。
ゴルフのスコアや趣味の成果。
内容は何でも構いません。
重要なのは、自慢してくれるという事実そのものです。
自慢話が出てきたとき、私がやっていたことは極めて単純でした。
「すごいですね」
「それは努力されたんですね」
「もっと詳しく聞かせてください」
ただ、それだけです。
嬉しそうに、関心を持って聞く。
自慢話というのは、
「聞いてほしい」「認めてほしい」
というサインでもあります。
そこに応じるだけで、
相手の警戒心は一気に下がります。
ゴマすりと「本物の褒め」は違う
ただし、褒め方には注意が必要です。
「すごいですね」
「さすがですね」
こうした言葉を連発すると、
相手によってはすぐに見抜きます。
「お世辞だな」と。
大切なのは、
本気で話に興味を持つことです。
「どうしてそこに目をつけたんですか?」
「そのとき、何が一番大変でしたか?」
「そこまで続けられた理由は何ですか?」
こうした問いを重ねると、
自然と褒めるべきポイントが浮かび上がってきます。
努力の過程。
判断のセンス。
価値観。
時間の使い方。
これが、
ゴマすりと敬意ある褒めの決定的な違いです。
褒められ慣れていない人たち
製造業の営業をしていて、特に強く感じたことがあります。
日本のものづくり企業、
とくに現場の技術者や職人の方々は、
驚くほど褒められていない。
世界レベルで通用する技術を持っていても、
それが当たり前として扱われる。
だからこそ、
「この精度、相当すごいですよ」
「この加工、簡単に真似できないですよね」
技術そのものを具体的に褒めると、
本当に嬉しそうな表情をされました。
承認が不足しているところに、
的確な言葉が届くと、
人は一気に心を開きます。
自慢しない人が「やりにくい」理由
逆に、営業としてやりにくかったのは、
自慢を一切しないお客様です。
雑談をせず、
仕様と契約の話だけで終わる。
感情のやり取りがない。
こういう相手とは、
どうしても距離が縮まりません。
結果として、
価格や条件だけで比較されやすくなり、
関係性が育たない。
営業の現場では、
これは致命的です。
自慢は「承認飢餓」が顔を出す瞬間
この経験を通じて、
私は一つの結論に至りました。
人は、自慢しているときが一番人間らしい。
そこには、
「認められたい」
「価値を確かめたい」
という、普段は隠している本音があります。
日本社会は、
謙遜を美徳とし、
褒める文化が弱い。
つまり、多くの人が
慢性的な承認不足に陥っています。
自慢とは、
溜まりに溜まった承認欲求が、
思わず漏れ出た瞬間なのです。
自慢は「道具」にも「刃」にもなる
営業の場では、
その承認欲求に応えることで、
関係性は一気に前に進みます。
ただし、これはあくまで仕事の話です。
プライベートでは、
私はむしろ、
弱さや失敗を語れる人の方に惹かれます。
自慢は、
距離を縮める道具にもなれば、
人を遠ざける刃にもなります。
扱い方次第で、
人間関係の色は大きく変わる。
そのことを、
営業の現場で何度も実感しました。
さて、あなたはどうでしょうか。
他人の自慢話を聞くのは、得意でしょうか。
それとも、少し苦手でしょうか。
そして、
思わず自慢したくなった瞬間を、
最近、思い出せますか。
自慢をどう扱うかは、
人を見る目そのものなのかもしれません。
それでは、また。