日本では今、目立たないかたちで、しかし確実に進行している問題があります。
それが、外国人による医療費未払い問題です。
このテーマを扱う際に、最初に明確にしておく必要があります。
これは外国人全体を非難する話ではありません。
多くの外国人はルールを守り、日本社会の一員として誠実に振る舞っています。
問題の核心は個人ではなく、日本の医療制度が前提としてきた「信頼」が、国際化によって成立しなくなっている点にあります。
善意を前提にした制度が抱える構造矛盾
日本の医療制度は、国民皆保険を土台に設計されています。
「患者はいずれ必ず支払う」「制度の内側にいる限り、回収は可能である」という暗黙の信頼が、制度全体を支えてきました。
しかし、短期滞在者や旅行者は、この前提の外側にいます。
とくに救急医療の現場では、
支払い能力の確認よりも、命を救うことが最優先される
という倫理が徹底されています。
その結果、
高度な医療を受けた後、請求が回収できないまま帰国してしまうケースが一定数発生します。
感情的には「踏み倒し」に見えますが、構造的に見れば、
治療が成立し、請求が発生し、回収が不可能になる
という三つが同時に存在してしまう制度設計の問題です。
国際比較で浮かび上がる日本の特殊性
この点を理解するために、海外の医療制度と比較してみましょう。
たとえば、タイの私立病院では、
保険証明、クレジットカード、デポジットの提示がなければ、原則として高度医療は提供されません。
これは冷たく見えるかもしれませんが、制度としては一貫しています。
一方、日本では
「金銭を理由に治療を拒むことは非人道的だ」
という価値観が強く、制度の矛盾が放置されてきました。
その結果、未回収分の医療費は、
医療機関、医療従事者、そして最終的には日本の納税者が黙って負担する構造になっています。
また、日本は治安が良く、制度運用も柔らかいため、
海外からは
「日本は最終的には何とかしてくれる国」
「厳しく追及されない国」
と見なされやすい側面も否定できません。
現場を守るのは「冷酷さ」ではなく「ルール」
人道的であることと、ルールを明確にすることは対立しません。
むしろ、ルールが曖昧なままでは、善意が現場を疲弊させます。
現在、多くの国で一般的になっている次のような措置は、日本でも本格的に検討される段階に来ています。
医療費未払い履歴がある外国人の入国制限
入国時の医療保険加入の義務化
これらは排外主義ではなく、制度の公平性を守るための仕組みです。
善意は、制度という枠の中に置かれてこそ持続します。
無制限の善意は、やがて制度そのものを壊します。
結論:「いい人」であり続けるか、「機能する国」になるか
日本はいま、
「いい人の国」であり続けるのか、
それとも「ルールが機能する国」になるのか
という分岐点に立っています。
答えを先送りし続けることは、
最前線で命を支えている医療現場に負担を押し付け続けることに他なりません。
この問題は、外国人の問題ではなく、
日本社会が「優しさ」をどこまで制度化できるのか
という問いなのです。
比喩で考えると
今の日本の医療制度は、
「代金は後払いで構いません」と掲げ、誰にでも高級料理を出すレストランに似ています。
大半の客は誠実に支払います。
しかし、一定数は代金を払わずに去ります。
赤字を埋めているのは常連客であり、
現場で働くスタッフは、善意と使命感だけで持ちこたえています。
この状態を「優しさ」と呼び続けるのか。
それとも、店そのものを守る仕組みを作るのか。
日本は今、その選択を迫られています。