なぜ会社の仕事は茶番に見えるのか ── 組織が守り続ける儀式の正体

2026年6月12日金曜日

働くこと

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会社で働いていると、

「これは何の意味があるのだろう」

と思う場面があります。

誰も真剣に聞いていない会議。

形だけの研修。

眠そうな参加者が並ぶセミナー。

終わった後に作られる報告書。

そして最後には、

「本日は有意義な時間でした」

という言葉で締めくくられる。

こうした光景を見ると、

どうしても茶番に見えることがあります。

しかし私は、

それを単に無意味だと切り捨てるだけでは、

組織というものを理解できないと思っています。

茶番に見える仕事には、

茶番なりの機能がある

からです。

誰も聞いていないセミナー

例えば、メーカーのセミナーを考えてみます。

会場には取引先や関係者が集まります。

登壇者はスライドを使って説明します。

技術説明。

市場動向。

新製品紹介。

今後の方針。

かなり真面目な内容です。

しかし客席を見ると、

眠そうな人がいる。

スマホを見ている人がいる。

資料だけ受け取っている人がいる。

本当に全員が内容を理解しているのかと言えば、

かなり怪しい。

それでもセミナーは成立します。

時間通りに進み、

最後に拍手が起き、

名刺交換があり、

場合によっては懇親会まで開かれます。

表面的には成功です。

では、これは完全に無意味なのでしょうか。

私はそうは思いません。

目的は価値提供だけではない

セミナーというと、

知識を提供する場

だと思いがちです。

もちろん、それも目的の一つです。

しかし法人の世界では、

それだけではありません。

むしろ重要なのは、

関係を維持すること

です。

取引先と顔を合わせる。

担当者同士が接点を持つ。

会社として活動していることを示す。

相手に忘れられないようにする。

これらは、直接売上につながらなくても意味があります。

法人営業の世界では、

完全に切れてしまうことが一番危険です。

だから接点を維持する。

そのためにセミナーがある。

そう考えると、

誰も真剣に聞いていないように見えるセミナーにも、

関係維持の儀式

としての意味があるのです。

組織は「やった証拠」を必要とする

もう一つ重要なのは、

組織は記録で動く

ということです。

セミナーを開催した。

何人参加した。

アンケートを取った。

資料を配布した。

報告書を作った。

こうした記録が残ります。

そしてこの記録が、

仕事をした証拠

になります。

実際にどれほど価値があったか。

参加者がどれほど理解したか。

売上にどれほど貢献したか。

そこまで厳密には測られないことも多い。

しかし、

実施したという事実

は残ります。

組織では、この事実が非常に強い。

なぜなら、説明できるからです。

上司に説明できる。

社内に説明できる。

取引先に説明できる。

監査にも耐えやすい。

つまり、茶番に見える仕事は、

説明可能性を作る装置

でもあるのです。

なぜ茶番は続くのか

では、なぜこうした茶番はなくならないのでしょうか。

理由は単純です。

安全だからです。

新しいことをするより、

いつもの会議をする方が安全です。

本質的な議論をするより、

予定された研修をする方が安全です。

成果の有無を厳しく問うより、

実施記録を残す方が安全です。

組織は、効率だけで動いているわけではありません。

むしろ、

摩擦を減らすこと

責任の所在を曖昧にすること

関係を壊さないこと

を重視する場面が多い。

その意味で、茶番は非常に便利です。

誰も傷つかない。

誰も強く反対しない。

予定通りに終わる。

記録が残る。

だから続くのです。

お役所仕事にも同じ構造がある

これは企業だけの話ではありません。

役所の手続き。

免許更新の講習。

形式的な説明会。

書類を提出するだけの儀式。

こうしたものにも同じ構造があります。

外から見ると非効率です。

なぜこんなことをするのかと思う。

しかし制度の側から見ると、

手続きを踏んだ

という事実が重要になります。

全員に説明した。

全員が参加した。

全員が書類を提出した。

これによって、

責任を処理できる

のです。

つまり茶番は、

責任を管理するための形式

でもあります。

個人の仕事では茶番が成立しにくい

一方で、個人で仕事をしていると、

このような茶番は成立しにくくなります。

価値がなければ買われない。

面白くなければ読まれない。

役に立たなければ続かない。

信頼されなければ依頼されない。

個人には組織の盾がありません。

だから、

やったという事実

だけでは足りません。

何を提供したのか。

相手に何が残ったのか。

実際に役に立ったのか。

そこが厳しく問われます。

組織の中では儀式で済むことも、

個人では市場にそのまま判定されます。

この違いはかなり大きいと思います。

茶番は無意味ではなく、別の意味を持っている

多くの人は、

価値がないものは無意味だ

と考えます。

しかし組織においては、

価値を生むこと以外にも意味があります。

関係を維持する。

責任を分散する。

記録を残す。

場を整える。

衝突を避ける。

組織を安定させる。

これらも組織にとっては重要です。

だから、

個人から見ると茶番でも、

組織から見ると合理的

ということが起きます。

ここを理解しないと、

会社の仕事はただバカバカしく見えるだけになります。

茶番を見抜きながら、利用する

大切なのは、

茶番を本気で信じすぎないことです。

同時に、

茶番を完全にバカにしすぎないことです。

これは儀式なのだ。

これは関係維持なのだ。

これは記録を残すための装置なのだ。

そう理解しておけば、

無駄に腹を立てずに済みます。

そして必要なら、

その儀式を利用することもできます。

顔を出す。

記録を残す。

関係を切らさない。

場を荒らさない。

それも組織で生きる技術です。

組織は儀式で動いている

結局のところ、

組織は合理性だけで動いているわけではありません。

組織は儀式で動いています。

会議。

研修。

セミナー。

報告書。

懇親会。

名刺交換。

挨拶。

これらはすべて、

組織を壊さずに維持するための形式

です。

だから会社の仕事は、ときどき茶番に見える。

しかしその茶番は、

組織が存続するための安全装置でもあります。

問題は、

茶番があることではありません。

茶番だけになってしまうことです。

儀式を儀式として理解しながら、

どこで本当の価値を出すのか。

それを見失わないことが、

組織の中で働くうえで大切なのだと思います。


Preplyでビジネス日本語を教えています。日系企業で働いてみたい方、日本語の更なるスキルアップを目指す方など大歓迎です。お気軽にお問い合わせ下さい。

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