どの会社でもその会社の業務が開始される始業時刻というものがあります。始業時刻に仕事が始まって、終業時刻に仕事が終わるというのがごく当たり前の会社のルールです。
日系企業によく見られるのは、始業時刻前に出勤して、勤務をスタートさせる社員です。これは早朝出勤と呼ばれます。恐らく、早朝出勤をする日本の労働者というのはかなり昔からいたでしょう。
それこそ、高度成長期における日本の会社においては、実質的な生産性や効率よりも、「多少、非効率的でも良いからガムシャラに働く」という姿勢の方が評価された時代がありました。そういう右肩上がりの経済成長の時代を引きずっているせいか、日系企業ではいまだに早朝出勤をする社員がいたりします。
早朝出勤といえば、例えば朝の8時が始業時刻であっても、その30分前の7時半に来て仕事を始めたり、あるいはもっと早くて1時間前の7時に仕事を開始します。
厳密にいえば、この早朝出勤をいくらやったとしても、残業代が支払われることはありません。残業代をもらうためには、その早朝出勤が上司の業務命令によるといった要件が必要になります。そういう命令が無ければ、早朝出勤には会社からは鐚(びた)一文たりとも、給料は支払われないのです。
ではなぜ多くの日本の労働者は早朝出勤をこれまでしてきたのでしょうか。これは日本人の多くが勤勉な性質を備えているからだと私は思います。また、日本人によくあるタイプの考え方なのですが、それは「労働に伴って発生する苦しみは喜びである」というある種のマゾヒスティックな考えに基づいた、苦行を肯定する考え方です。
この考え方は実にナンセンスなことであり、馬鹿げていると考える外国人読者の方も多くいるでしょう。しかし、21世紀の現代日本におきましても、この「労働の苦しみを甘んじて享受する」という日本人の姿勢は治りそうにありません。これは日本人の宿痾であり、日本政府によっていくら「働き方改革」などと言って、日本人の労働のスタイルに改善が試みられたとしても、そう簡単には日本人の意識は変わらないと私は踏んでいます。
なぜなら、この日本の労働現場を覆うマゾヒスティックな体質というのは、それこそ数百年、あるいは千年以上に渡って、太古の昔から日本人の性質に代々受け継がれて来たものだからです。
私は会社員生活をしていた際に、ある仮説を立てました。それは、「早朝出勤をしていれば上司からの覚えがよくなって、出世できるのではないか」ということです。そして、その仮説を検証するべく、いくつかの会社で実験を試みることにしてみました。
私は以前、日本の中部地方にあったとある機械部品を製造する工場で勤務したことがありました。その工場において技術営業として勤務することになったからです。研修期間中は業務内容や製造している機械部品について知見を深めるために、「生産管理課」に配属されました。始業時刻は朝の8時からでしたが、私は自らの仮説の検証を試みるべく、わざわざ30分前の7時半に出勤することにしました。
30分前の出勤でしたが、私の周りには誰もそんなに早く出勤する人はいませんでした。また、早く会社に来たからと言って特にやることはなく、仕方がないので、生産管理課の部屋の窓のブラインドを開けたりだとか、整理整頓をしたり、掃除する箇所があれば掃除したりなどして時間をつぶしました。
7時45分くらいになって同僚が出勤し、上司が現れるのは7時50分くらいでした。
私はその工場で勤務していた時にはずっと早朝出勤を励行していましたが、上司からの覚えが良くなったという実感はありませんでした。上司は、「いつも早いね」ぐらいのことは言ってくれましたが、褒められたのはそれぐらいです。早朝出勤によって、一気に昇給や昇格を勝ち取るなどという直接的な利益は得られなかったのです。
もう一つ、私が出世のために早朝出勤をやっていた事例を紹介しましょう。それはタイのバンコクの某日系大手IT企業で勤務した時の話です。
その会社の始業時刻は朝の8時30分でした。その時の私はえらくやる気があったので、始業時刻の1時間前に会社に到着して勤務を開始するようにしていました。
会社があったのはバンコクのアソークという街ですが、アソークは朝夕の通勤ラッシュが激しいところです。電車で通勤しようと、車で通勤しようと、ものすごく混雑します。
私は地下鉄のラマ9世駅の付近にアパートを借りて生活していたのですが、会社のあったアソークまでの通勤も大変なものでした。
始業時刻の1時間前に出勤することにより、通勤ラッシュは多少なりとも回避できたのではないかと思います。
さて、1時間前に会社に到着した後に、私が何をしていたかと申しますと、ネットサーフィンや、オンラインゲームなどでした。突発的に準備しておかねばならない業務などをのぞいて、基本的には暇でした。早朝出勤をしたところで、やる仕事など無かったのです。
その会社で驚いたのは、私と同じように早朝出勤をしているタイ人社員が割と多く見られたことです。タイ人の中にも勤勉な性格の人がいたのかもしれません。あるいは、私と同じようにアソークの朝の渋滞を嫌って早朝出勤していたのかもしれません。彼らに個別にインタビューを試みた訳では無いので、今となっては彼らの早朝出勤の理由については分からないです。
そのIT企業においても、私の早朝出勤をする態度というのは、上司から特に評価されることはありませんでした。
上司は体育会系のスポーツマンでしたから、なおさら、早朝出勤をするような部下は歓迎されるだろうと私は予想したのですが、期待外れでありました。
確かに、その上司も早朝出勤をする私に対して、「いつも、早いね!」ぐらいの言葉はかけてくれたものですが、それだけです。
やはり、早朝出勤だけでは上司からの高評価には繋がらないだろうというのが、私の実験から得られた結論であります。
ましてや、会社の中で出世することを目指す場合には、早朝出勤だけでは全然足りなくて、普段の業務はもちろんのこと、本人の人間性と言うものを周囲にアッピールする努力は欠かせないでしょう。
日系企業において早朝出勤をすれば、真面目な人であると言う評価は得られると思います。あるいは、「勤勉な人」でしょうか。でも、それだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。
だったら、早朝出勤などして上司に「真面目さ」をアッピールして、貴重な自分の時間を会社に無償で提供するよりは、始業時間ギリギリで出勤した方が良いと思います。
また、早朝出勤による意外な弊害についてもここで申し上げておきましょう。それは、夜のサービス残業が常態化しているような会社の場合です。
そう言う違法性をふんだんに抱え持った会社の場合、下手に早朝出勤などしようものなら、それが労働者にとっての当たり前となってしまって、サービス残業を増やすことに繋がると言うことです。