海外で暮らすことの最大のメリットは何でしょうか。物価の安さでしょうか、それとも気候の良さでしょうか。もちろんそれらも魅力のひとつですが、私にとって最も大きかったのは――自分が「マージナル(周辺的存在)」になることでした。
為替や物価を超えたメリット
私が最初にタイを訪れたのは20年ほど前。当時は日本円の価値が高く、日本で貯めたお金をタイに持っていけば驚くほど余裕がありました。物価も安く、日本人にとっては快適に暮らせる時代だったと思います。
しかし今は状況が変わり、物価は上がり、円の価値は下がっています。けれども、そうした損得を超えて、海外生活の本質的なメリットは別のところにあると私は考えています。
「マージナル」とは何か
マージナルとは、日本語にすると「境界人」あるいは「周辺人」。どの社会にも完全には帰属しない、中途半端で宙ぶらりんな存在を指します。
外国で暮らすと、現地の人と同じように生きることはできません。選挙権もなければ、社会保障も十分には受けられない。不安定ではあるけれど、その一方で現地の競争に巻き込まれずに済むのです。
この自由さこそ、私にとって海外生活の醍醐味でした。
日本にある「終わらない競争」
日本で暮らしていると、否応なく競争に巻き込まれます。
学歴の競争、会社のブランド競争、職場での評価競争…。サラリーマン時代の私は、それを息苦しく感じていました。
同じ大学、同じ会社といった「所属」によって他人を上下で測る風潮。正直に言えば、私はそれをくだらないと感じていました。けれども、自分が生まれ育った場所で暮らし続けていると、そうした枠組みから逃れるのは難しいのです。
よそ者だからこその心地よさ
タイで暮らしていたとき、もちろん現地にも競争はありました。人々は必死に働き、生活を守っていました。けれども私は「外国人」という立場のおかげで、その競争の外に置かれていました。
はっきり言えば「よそ者」として扱われていたわけですが、それがむしろ心地よかったのです。もちろん、現地に根を下ろし、社会に深くコミットして生きる日本人もいます。それは素晴らしい生き方だと思います。
でも、0か1かで徹底的にやらなくてもいい。マージナルな存在として中途半端に海外で暮らすこともまた、悪くないと私は思いました。
日本に住む外国人もまた
この感覚は、日本で暮らす外国人にも当てはまるのではないでしょうか。日本社会特有の同調圧力や人間関係の競争に、完全に巻き込まれることは少ないはずです。もちろん苦労は多いでしょうが、日本人が日本で抱える苦しみとはまた違ったものだと思います。
だからこそ、私は日本語を学んでいる皆さんに伝えたいのです。
**「日本人は日本人で、こんな悩みを抱えている」**と。
不安定さと引き換えに得られる自由
マージナルであることは、不安定でもあります。けれども同時に、大きな精神的自由を与えてくれます。
海外に暮らすことで、社会の枠組みや同調圧力から一歩外れた場所に立つ。その感覚を一度でも味わうと、生き方の選択肢が広がっていくのです。