今回は、「なぜ日系IT企業が自分たちを製造業と呼ぶのか」という、一見すると少し不思議なテーマについて深掘りしていきたいと思います。私自身もかつて、日系ITベンダーで働いていた際に、名刺に「製造業」と書かれていることに大きな違和感を覚えた経験があります。IT企業なのに、なぜ製造業なのでしょうか?その理由を探ってみましょう。
1.歴史的背景:ルーツは総合電機メーカーにあり!
多くの大手日系IT企業のルーツをたどると、もともとはNEC、日立、富士通、東芝といった総合電機メーカーだったことがわかります。これらの企業は、元々コンピューター本体、通信機器、電子部品などの「モノ」を作る製造業でした。その後、ITサービスやシステム開発といった分野に進出していったのです。
しかし、IT分野に進出した後も、組織文化や仕事の進め方には、ハードウェアを製造していた時代の価値観や習慣が色濃く残っています。つまり、製造業としてのマインドが、ソフトウェア開発にも引き継がれているのです。
2.製造業的文化を象徴する「ウォーターフォール型開発」とは?
この製造業的な文化を象徴するのが、「ウォーターフォール型開発」と呼ばれるソフトウェア開発手法です。これは、その名の通り、滝が上から下へ一方向に流れるように、工程を順番に進めていくものです。
基本的な流れは、以下の5つの工程に分けられます。
- 要件定義: 「何を」「どんな機能で」作るのかを最初に全て決めます。
- 設計: 決まった要件を基に、詳細な設計図を作成します。
- 実装(製造): 設計図通りにコードを書き、システムを構築します。
- テスト: 完成品が要件通りに動くかを確認します。
- 納品・運用: お客様に引き渡し、運用を開始します。
この開発手法の大きな特徴は、次の工程に進む前に、現在の工程を完璧に完了させることです。まるで自動車工場で、まず設計図を完璧にしてから部品を作り、組み立て、検査して出荷するのと同じ構造なのです。ITの世界で、これと全く同じことを行っている、と考えると分かりやすいでしょう。
3.なぜ日本で製造業的なやり方が好まれるのか?
日本において、この製造業的なアプローチが好まれるのには、顧客側の価値観も大きく影響しています。
- 顧客の品質志向: 特に大企業や官公庁の顧客は、工程をきっちり踏み、品質保証された製品を納品してくれる会社を信頼する傾向が強いです。そのため、営業資料や名刺に「製造業的品質管理」や「ものづくり精神」といった言葉を記載することが、顧客への安心感のアピールにつながるのです。
4.ウォーターフォール型開発の弱点とは?
一方で、この製造業的なやり方にはいくつかの弱点も指摘されています。
- 変化への弱さ: ITの世界は変化が非常に速いため、途中で仕様変更が入ると大規模な手戻りが発生してしまいます。完成した時には、すでに古くなってしまっているという事態も起こり得ます。
- サービス化の遅れ: 世界的にはITはサービスとして提供するのが主流ですが、製造業マインドでは「作って納品したら終わり」となりやすく、サービスの提供が遅れることがあります。
- 国際競争力の低下: スピード重視のアジャイル型開発を行う海外企業や外資系企業に比べ、製造業型は開発スピードで遅れをとってしまいがちです。
5.なぜ日本企業はそこから抜け出せないのか?
これらの問題点があるにもかかわらず、なぜ日系企業はこのやり方から抜け出せないのでしょうか?
- 歴史的な組織文化: 製造業出身の上層部が品質と工程管理を最優先にする現状があります。
- 既存顧客からの評価: 製造業的なやり方を評価する大企業や官公庁の顧客が多いため、そのニーズに応えざるを得ない側面もあります。
- 社内育成の文化: 新しい開発手法を取り入れるよりも、社内で長く通用するやり方を教える傾向が強いです。外部から能力のある人材を中途採用で獲得するよりも、自社で人材を育成する文化が根強いことも一因です。
まとめ
日系IT企業が自らを「製造業」と呼ぶのは、偶然ではありません。歴史的背景、ウォーターフォール型開発という工程の進め方、日本の顧客の価値観、そして企業独自の組織文化が複雑に絡み合って、現在の状況を作り出しているのです。
この古くからのやり方は、品質維持には非常に強い一方で、スピードと柔軟性が求められる国際市場では足かせとなることもあります。これからは、製造業マインドの良い部分は残しつつ、ITサービスらしいスピード感と柔軟性をどのように加えていくかが、日本のIT企業にとっての大きな鍵となるでしょう。