日系大企業の経営層や幹部クラスを見ていると、こんな疑問を抱いたことはないでしょうか。
「現場の疲弊も、制度の矛盾も、すべて分かっているはずなのに、なぜ何も語らないのか」。
この沈黙は、無関心でも、鈍感さでもありません。
むしろ彼らは、**「語らないことが最も安全で合理的な選択である」**という現実を、長い時間をかけて学習してきた人たちです。
日系大企業において、沈黙は逃避ではなく、成熟した生存戦略です。
1. 昇進の過程で身につく「発言しない能力」
大企業の幹部に昇りつめた人たちは、言葉で論破してきた人たちではありません。
彼らが磨いてきたのは、**「いつ語らないか」「どこで沈黙するか」**という高度な判断能力です。
若手が組織の問題を指摘したとき、幹部が黙って聞いている場面はよくあります。
それは無関心ではなく、むしろその指摘が、かつて自分自身が抱き、しかし口にしなかった問いであることが多い。
語らなかったからこそ、今の地位にいる。
その事実を、彼らは身をもって知っています。
2. 公然の擁護が、若手を危険にさらす理由
もし会議の場で、幹部が若手の意見を公然と支持したらどうなるでしょうか。
理想的な上司像に見えるかもしれませんが、日系企業の力学では、それは必ずしも救済になりません。
日本企業は、意見よりも関係性で動く組織です。
幹部が若手を擁護した瞬間、その若手は
「幹部の意向を代弁する存在」「特定ラインの人間」
として認識され始めます。
その結果、次のようなリスクが生じます。
情報から切り離される
同期や中堅から「本音を話すと上に流れる」と警戒され、非公式情報が入らなくなる。直属上司との軋轢
自分を飛び越えて評価される部下は、支配領域を侵す存在として扱われやすい。後ろ盾消失後の孤立
幹部は異動・退職します。庇護が消えた瞬間、社内基盤を持たない若手は孤立します。
善意の擁護が、結果として若手の居場所を奪う。
これが日系大企業の現実です。
3. 幹部は「言葉」ではなく「配置」で語る
本当に組織を理解している幹部は、言葉で若手を守りません。
その代わりに使うのが、
人事配置
評価コメント
水面下での推薦
異動タイミングの調整
といった、表に出ないシグナルです。
日系大企業では、
「言葉よりも、どこに置かれたか」
「誰の評価が付いたか」
のほうが、はるかに雄弁です。
幹部は、語らずに示します。
それが彼らなりの責任の取り方です。
4. 若手はどう振る舞うべきか
では若手は、何も言わず沈黙すべきなのでしょうか。
答えは違います。重要なのは、距離感です。
誰かの代弁者にならない
特定のラインに乗らず、個として立つ。感情ではなく構造で語る
不満ではなく、仕組みとして観察する。正義ではなく観察として提示する
「こうあるべき」ではなく、「こう見えている」と述べる。
幹部が見ているのは、正しさではありません。
誰にも寄りかからず、自律した位置を保てるかという一点です。
結論:沈黙は否定ではない
日系大企業の幹部の沈黙は、否定でも無関心でもありません。
それは保留であり、観察であり、時には最大限の理解です。
彼らは組織の矛盾を知ったうえで、
「語らない」という選択を引き受けています。
この構造を理解することは、日本のビジネス社会を泳ぎ切るための、現実的な知恵です。
大企業という組織は、深い霧に包まれた巨大な森のようなものです。
熟練の者ほど、無闇に声を上げません。
沈黙しながら地形を読み、配置で道を示す。
それが、この森で生き延びてきた者たちのやり方なのです。