インターネットの空気が、ここ数年で少しずつ変わってきたように感じます。
以前ほど支持されなくなったものがあります。
それは、「強さ」を前面に押し出す発信です。
2010年代のインターネットでは、「勝者」であることを見せつける人が圧倒的な存在感を持っていました。
フェラーリや高級時計を見せる。
タワーマンションに住むことを誇る。
海外移住や自由なライフスタイルを語る。
そして、「稼げないのは努力が足りないからだ」と言い切る。
こうしたギラギラした成功物語は、多くの人を惹きつけました。
なぜ「強い人」が支持されたのか
当時の社会には閉塞感がありました。
終身雇用は揺らぎ、将来への不安は大きくなっていました。
だからこそ、人々は迷いのない人を求めたのです。
「これが正解だ。」
「こうすれば成功する。」
そう断言してくれる人は、不安な時代ほど魅力的に映ります。
多少強引でも、自信満々に語る人には安心感があります。
強い言葉は、人の不安を一時的に和らげる力を持っているのです。
しかし、人は強さに疲れる
ところが、その空気も少しずつ変わってきました。
人々は、「成功を見せつけられること」に疲れ始めています。
他人との比較。
マウントの取り合い。
敵と味方に分ける議論。
「勝つか負けるか」という価値観。
こうした世界は刺激的ですが、長くそこに居続けることはできません。
常に勝者でいなければならない。
常に他人より優れていなければならない。
そんな生き方は、発信者自身も、見る側も疲弊させます。
人が求め始めたのは「信頼」
最近、多くの人が求めているのは、派手な成功談ではありません。
等身大であること。
誠実であること。
現実をそのまま語ること。
うまくいかなかった経験も隠さないこと。
華やかさよりも、人間らしさ。
完璧さよりも、誠実さ。
そうした発信に安心感を覚える人が増えているように感じます。
もちろん、成功そのものが嫌われているわけではありません。
嫌われているのは、「成功を誇示すること」です。
信頼は演出できない
インターネットでは、派手な演出はいくらでもできます。
高級ホテル。
高級レストラン。
ブランド品。
しかし、信頼だけは簡単に演出できません。
長い時間をかけて発信を続けること。
言っていることと、やっていることが一致していること。
失敗したときも誠実に説明すること。
そうした積み重ねがあって、初めて信頼は生まれます。
派手さは一瞬で作れても、信頼は時間をかけなければ育ちません。
時代は「強そうな人」から「信用できる人」へ
もちろん、強い言葉で人を惹きつける発信は、これからも一定の人気を保つでしょう。
しかし、多くの人は以前よりも慎重になっています。
「この人は本当に信用できるのか。」
そんな視点で発信者を見るようになりました。
情報が溢れる時代だからこそ、人は情報よりも「誰が言っているのか」を重視するようになっています。
つまり、競争しているのは知識だけではありません。
信用そのものなのです。
おわりに
時代は繰り返します。
勢いが評価される時代があれば、落ち着きが評価される時代もあります。
強さが支持される時代があれば、誠実さが支持される時代もあります。
いま起きている変化は、単なる流行ではないように思います。
人々は「強そうな人」を探すことに疲れ、「安心して付き合える人」を求め始めています。
派手さよりも継続。
演出よりも実態。
強さよりも信頼。
これからのネット社会では、そのような価値がこれまで以上に大きな意味を持つようになるのではないでしょうか。