人間は「意味のない苦痛」を非常に嫌う

2026年10月7日水曜日

考えかた

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人間は苦痛を嫌います。

しかし、もしかすると本当に耐え難いのは、苦痛そのものではなく、**「意味のない苦痛」**なのかもしれません。

最近、インターネット上の個人発信を見ていると、よく似た人生物語に出会います。

「昔は会社員として人間関係に苦しんでいました」

「生きづらさを抱え、社会に馴染めませんでした」

「しかし自分と向き合い、行動したことで人生が変わりました」

「今では自由な働き方を手に入れ、自分らしく生きています」

もちろん、こうした話が嘘だと言いたいわけではありません。

語っている本人にとっては、本当にそう感じているのでしょう。

ただ、少し不思議でもあります。

なぜ多くの人生が、最後にはこんなにも綺麗な物語として回収されていくのでしょうか。

私はそこに、人間のかなり根本的な性質があるように思います。

人間は、自分が経験した苦痛に意味がなかったと考えることに、かなり耐えにくいのではないでしょうか。

現実は、本当はかなり雑です

例えば、会社員時代に嫌な上司がいたとします。

毎日のように理不尽なことを言われ、精神的に消耗したとします。

その経験を後から振り返ると、

「あの上司のおかげで自分は成長できた」

「あの苦しみがあったから、自分の本当にやりたいことに気づけた」

「あの挫折があったから、今の自由な人生がある」

と意味づけしたくなることがあります。

しかし、現実というのは本当はもっと雑なものです。

ただ単に運が悪かっただけかもしれません。

たまたま嫌な上司に当たっただけかもしれません。

自分にも未熟な部分があり、相手にも問題があっただけかもしれません。

そこに深い意味など、最初から存在していなかった可能性もあります。

しかし、

「あの数年間は、ただ苦しかっただけでした」

「特に得るものはありませんでした」

「時間を無駄にしました」

と認めることは、意外ときついものです。

人間は、苦しんだ時間を完全な無駄として処理することが苦手なのだと思います。

人は後から人生を編集する

そこで人間は、過去を編集します。

バラバラだった出来事の間に線を引きます。

失敗と成功をつなぎます。

挫折と成長をつなぎます。

孤独と現在の幸福をつなぎます。

そして、

「あの経験があったから、今の自分がある」

という一つの物語を作ります。

もちろん、それ自体が悪いことではありません。

むしろ、そうやって過去を意味づけることで、人は前を向けることがあります。

耐え難かった経験を、自分の人生の一部として受け入れられるようになります。

ただ、そこで一つ考えておきたいことがあります。

それは、

その意味は最初から存在していたのか、それとも後から自分で作ったのか

ということです。

私たちはしばしば、後から作った物語を、最初から決まっていた運命のように語ります。

しかし実際には、人生の出来事というのは、そのときそのときでは断片的で、偶然で、かなり無秩序なものだったはずです。

「あの経験から学んだことは何もない」でもいい

個人的には、過去の嫌な経験を何でも成長物語に変える必要はないと思っています。

嫌な上司は、嫌な上司だった。

不快な経験は、不快な経験だった。

そこから特に何も学ばなかった。

そういう人生の断片があってもいいのではないでしょうか。

すべての失敗に意味を与えなくてもいい。

すべての傷に教訓を見つけなくてもいい。

「意味がなかった」

という結論も、本来は許されていいはずです。

しかし人間は、それをなかなか受け入れられません。

なぜなら、

「あれだけ苦しんだのに、何の意味もなかった」

という事実は、非常に残酷だからです。

だからこそ人間は、意味を作ります。

そしてその意味によって、過去を救済しようとします。

宗教や神話も巨大な「意味付け装置」だった

この仕組みは、現代の自己啓発や個人発信だけにあるものではありません。

昔から宗教や神話は、人間の苦痛に意味を与えてきました。

なぜ自分は苦しんでいるのか。

なぜ善人が不幸になるのか。

なぜ人は死ぬのか。

なぜ災害が起きるのか。

こうした問いに対して、

「神の試練である」

「前世からの因縁である」

「死後に救済される」

「この苦しみには意味がある」

という説明が与えられてきました。

それが科学的に正しいかどうかとは別に、こうした物語は人間にとって非常に強力でした。

苦痛をただの苦痛として放置せず、何らかの意味の中に置き直してくれるからです。

宗教や神話は、巨大な「意味付け装置」だったとも言えます。

現代では個人が自分の神話を作る

現代では、宗教や共同体の力が昔ほど強くない社会も増えました。

その代わりに、一人ひとりが自分の人生を編集するようになっています。

会社を辞めた。

海外へ行った。

フリーランスになった。

結婚した。

離婚した。

失敗した。

成功した。

そうした出来事をつなげ、

「私はこういう人生を歩んできた」

という個人神話を作ります。

そしてSNSやブログ、動画、ポッドキャストなどを通じて、その物語を発信します。

ある意味では、現代社会には大量の**「人生編集者」**が存在しています。

しかも面白いことに、別々の人が編集しているはずなのに、完成した物語はかなり似てきます。

「苦しみました」

「自分と向き合いました」

「行動しました」

「自分らしさを見つけました」

「自由になりました」

これは単なる流行というより、人間が求める物語の型なのかもしれません。

国家もまた「意味」を必要とします

さらに大きな単位で考えると、同じことは国家にも起こります。

例えば戦争です。

実際の戦争の原因は、かなり生々しいものです。

資源。

領土。

安全保障上の不安。

経済問題。

権力闘争。

地政学。

指導者の判断ミス。

歴史的対立。

さまざまな要因が絡み合っています。

しかし、

「資源確保のために死んでください」

と言われても、多くの人は納得しません。

「地政学的条件が悪いので命をかけてください」

と言われても、普通は動けません。

そこで意味が必要になります。

「祖国を守るため」

「自由を守るため」

「民族の誇りのため」

「正義のため」

「歴史的使命を果たすため」

こうした言葉によって、苦痛や犠牲が意味の中に包まれます。

もちろん、本当に守るべきものがある戦争もあります。

ここで重要なのは、個々の戦争の是非というより、

人間は苦痛だけでは長期間動けない

ということです。

苦痛を引き受けるためには、何らかの意味が必要になります。

人間は「意味」によって生きている

こうして考えると、人間というのは不思議な生き物です。

出来事そのものだけを生きているわけではありません。

起きたことに意味を与え、その意味を通して人生を理解しています。

失敗。

病気。

失恋。

貧困。

戦争。

死。

そうした出来事を、そのまま受け取るのではなく、

「これは何だったのか」

「なぜ自分に起きたのか」

「何につながるのか」

と考えます。

そして、意味のない出来事に意味を与えます。

意味のない苦痛を、物語の中に置き直します。

ある意味では、それによって人は生き延びてきたのだと思います。

しかし、意味は人を支配することもあります

ただし、ここには危険もあります。

意味は人を救います。

しかし同時に、人を縛ることもあります。

「あの苦しみには意味があった」

と思うことで救われる人がいる一方で、

「苦しみには必ず意味があるはずだ」

と思い込むことで、余計な苦痛に耐え続けてしまう人もいます。

「この苦労は将来報われる」

「これは成長のために必要だ」

「ここで逃げたら意味がなくなる」

そう考えて、本当は離れた方がいい場所に居続けることもあります。

国家レベルでも同じです。

「正義」

「使命」

「伝統」

「民族」

「歴史」

といった意味は、人間を結束させます。

しかし同時に、その意味のために人間が利用されることもあります。

だから、意味というものは非常に厄介です。

なくては生きづらい。

しかし強すぎると、人間を支配します。

意味は人間を救うのか、それとも支配するのか

人間は、意味のない苦痛を非常に嫌います。

だから過去を編集します。

失敗を物語にします。

悲劇に意味を与えます。

人生を一本の線として理解しようとします。

その営み自体は、おそらく人間に必要なものなのでしょう。

しかし時々、

「本当にそこに意味はあったのか」

と疑ってみてもいいのではないでしょうか。

意味のなかった失敗。

ただ運が悪かっただけの出来事。

何の教訓にもならなかった苦しみ。

そういうものが人生に混ざっていても、本当はおかしくありません。

すべてを美しい物語にしなくてもいいのです。

意味は、私たちを救ってくれることがあります。

同時に、私たちを物語の中に閉じ込めることもあります。

意味は人間を救うものなのか。
それとも、人間を支配するものなのか。

私は時々、そんなことを考えます。




Preplyでビジネス日本語を教えています。日系企業で働いてみたい方、日本語の更なるスキルアップを目指す方など大歓迎です。お気軽にお問い合わせ下さい。

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